大人の歯は、親知らずを除けば、右上、右下、左上、左下にそれぞれ七本ずつ、計二八本あります。ところが、歯周病や虫歯がひどく悪化すると抜歯を余儀なくされることがあります。また、事故やケガによって歯を失うケースも珍しくありません。
このように、何らかの理由で歯が抜けてしまった場合、歯科医院では失われた歯の代わりに人工の歯(入れ歯)を補う治療が行われます。なぜなら、歯をたとえ一本でも抜けたままの状態にしておくと、見た目が悪くなるだけでなく、ほかの歯や歯ぐき、さらには体の各部に悪影響を及ぼすことになるからです。例えば、歯が根元から抜けて空間が生じると、両隣の歯が倒れてきて歯並びが悪くなってしまう恐れがあります。歯並びが悪くなると、歯と歯のすきまに汚れがたまりやすくなります。そのため、虫歯や歯周病が起こりやすくなるのです。
また、私たちの歯はつね日ごろ、上下の歯がかみ合わさっていますが、歯がなくなるとその歯とかみ合わさっていた反対側の歯が根の部分を露出させながら伸びてくるという性質があります。根の部分は細菌の感染に非常に弱いため、虫歯を一段と招きやすくなります。ただ、一つ例外は、親知らずか第二大臼歯(親知らず以外で最も奥にある歯)が抜けた場合です。
この場合は、それより奥に歯がないので、抜けたまま放置しても基本的には問題ありません。歯並びが悪くなったり、かみ合わせがズレたりすることはまずないでしょう。反対側の歯が伸びてくることはありますが、それぞれ不都合が出るのは三人に一人程度です。つまり、一番奥の歯であれば抜けたまま放置していい場合もあるのですが、そのほかの歯の場合は、抜けたまま放置しておくと非常に高い確率で体にはさまざまな悪影響が出てきます。
■便秘や下痢、感染症も心配
例えば、よくかめなくなるため食べ物の消化が悪くなって便秘や下痢を招いたり、栄養を十分に吸収できず免疫力(病気から体を守る力)が低下したりする恐れが出てきます。その結果、カゼや肺炎などの感染症にもかかりやすくなるのです。
また、歯が抜けたままでいると、肩こりや腰痛にも悩まされるようになります。歯が抜けるとかみ合せのズレがあごの筋肉や肩・腰の筋肉にまで影響し、背骨が徐々にゆがんでしまうのです。この背骨のゆがみが、肩こりと腰痛として現れるわけです。
そのほか、歯が抜けたままにしておくと、ボケ(認知症)まで招きやすくなることもわかっています。
例えば、東北大学歯学部の研究グループが、地域の70歳以上の高齢者1,167人を対象に、歯の残存数やかみ合わせの良し悪しと、脳の働きとの関係を調査した報告があります。それによると健康な652人は平均14.9本の歯が残っていたのに対し、認知症の疑いがある55人は平均9.4本しか残っていませんでした。
さらに高齢者195人の脳の容積と、歯の残存数やかみ合わせの良し悪しとの関係を調べた試験では、歯の残存数が少ない人ほど海馬(脳の中心部にあり記憶をつかさどる)や前頭葉(脳の全頭部にあり知的精神活動をつかさどる)付近の容積が少なくなる傾向のあることもわかっています。
これらの報告は、歯の残存数を維持し、正しいかみ合わせでよくかむことが、脳の若さを保ちボケを防ぐうえでいかに大切かを物語るものといえます。