フッ化物とは何か
1)生命の誕生から今日までの自然界とフッ化物
地球の年齢は45億歳くらいだそうですが、今から40億年前には、もうすでに、地球の表面は冷えて固まり、地殻がつくられていたといいます。現在のグリーンランドにある約38億年前の地層には、海水中で冷えて固まったとされる枕状溶岩が残されており、この時代の地球にはすでに広大な海があったことを物語っているのです。そして、その38億年前の地層には、何らかの生物によると見られる炭素の塊が発見されていますから、私たち地球の生物の祖先は、この頃、海の中で生まれたと考えられています。そして、それは長い年月をかけて進化しつづけ、やがて、浅い海から深海に潜ったり、地上に這い上り、やがて空に舞い上がった仲間も生まれてきたのです。
しかし、これらの生物がこの世に生を受けて以来、一度たりとも地球上の環境から逃れ得たことはないのです。アポロ宇宙船で、人間が地球を脱して月に上陸しましたが、地球の物質で作った宇宙船で、地球からもつていた空気や飲食物を摂り、宇宙船から出るときには外界を遮断するぶ厚い宇宙服に身を包んでの月探検だったわけで、本質的には地球の環境から一歩も外に出たとはいえないのです。
それどころか、私たち地球上のあらゆる生物の体は、この地球環境に存在する物質からつくられているのであって、地球環境にないものが生物の体をつくる材料になることは決してないのです。“地球の生物は地球で生まれた”という大方の科学者が考えていることも、こうした事実からうなずけるのです。
(1)母なる海とフッ化物
さて、こうした生物にとって大切な地球環境を、もう少し眺めてみましよう。地上の生物が生きられるような、地表に安定した硬い殻ができたのが、40億年くらい前であるということですが、この殻、すなわち、地殻ができるときにその構成成分となった諸々の物質は、その後、地質学的には大変動はあったものの、全体的には本質的には変わることなく、現在も一定の割合を保ったまま、地殻中に存在しているものと考えられています。
表1は、地球の地殻を構成している元素を、多い順にならべて番号をつけたものでクラーク数表といいます。その元素の構成割合、すなわち含有%の数字をクラーク数といいます。ここで対象としている地殻というのは、深さ16Kmまでの岩石や海水、大気をも含むもので、私たち生物の環境を端的に表わしています。
フッ化物の局所応用
(1)フッ化物歯面塗布
フッ化物歯面塗布は、萌出後の歯に直接フッ化物溶液を作用させる方法で、歯科医師と歯科衛生士(専門家)だけができる、通常、個人を対象にしたフッ化物局所応用法です。フッ化物の応用方法にはいろいろな方法がありますが、フッ化物歯面塗布は臨床的な応用法としては唯一の方法で、とくに幼児や小児期のむし歯予防方法として歯科医院やあるいは保健所等で行われてきた長い歴史があります。とくにわが国では他のフッ化物応用の普及が遅れたこともあって、フッ素といえばこのフッ化物歯面塗布を指すくらい一般の方にもよく知られている方法です。
わが国では、1949年、厚生・文部両省から「弗化ソーダ局所塗布実施要領」、1966年には厚生省医務局長から、「弗化物歯面局所塗布実施要領」が出され、その普及が図られてきました。歯科疾患実態調査によれば1~15歳未満のフッ化物歯面塗布を受けたことのある者の割合は平成17年の調査では総数で59.2%に達しています。また、フッ化物歯面塗布は、1994年度からはむし歯多発傾向児に対しては医療保険の給付対象にもなりました。
フッ化物歯面塗布によるむし歯予防効果はその方法によって大きく異なります。乳歯のむし歯予防として、新潟県の一つの村の全乳幼児を対象に、生後10ヶ月から3歳まで2ヶ月毎に年6回の塗布をおこなった特別な研究がありますが、乳歯のむし歯数が平均6.69から2.04本へと69.5%の減少、むし歯が全くない3歳児の割合が17.7%から51.5%に増加し、予想をはるかに超える大きな予防効果が得られました。これは、診療所にこられなかった幼児にも、全村にわたり家庭訪問までして2ヶ月に1回の塗布を徹底しておこなったものです。しかし、普通おこなわれている年2回程度の塗布では、むし歯の予防効果は20%程度、やったりやらなかったりではほとんどその効果は期待できないということも知っていなければならないでしょう。
フッ化物歯面塗布は歯の萌出期、交換期を通じて、萌出間もない歯に行うのが効果的です。萌出直後の歯の表面のエナメル質は、むし歯に罹りやすい反面、エナメル質にフッ化物が取り込まれやすいのです。乳歯であれば生後半年ころに下顎の乳前歯が生えてきて、3歳には乳臼歯も含めて全部の歯が生えそろいます。一方、永久歯であれば、成長の早い女の子ではもう4歳から、多くは5、6歳に最も大切な第一大臼歯が生えてきます。そして、第三大臼歯(親しらず)を別にすれば、もっとも遅く萌出する第二大臼歯は中学生で萌出し、2、3年かけて成熟するのです。結論的には、0~15歳まで定期的に年2回以上の塗布を続ける必要があります。
しかし、この方法は、使用するフッ化物溶液のフッ化物濃度が9,000ppmときわめて高いので、安全性の観点から、一人ひとりの子どもに対して歯科医師などの専門家が原則として医療機関において対処しなければならない方法です。お母さんが気のむいたときにポケットからだして子どもの歯に塗ってあげる、というわけにはいかないのです。ことに幼児の場合には嫌がる子どもが対象ですから、大変手間がかかり、その費用もどうしても高くならざるを得ないのです。
もう、すでにお気づきのことと思いますが、この方法では町の人みんなのむし歯予防対策にはならないのです。すなわち、他のフッ化物応用法に比較すると、公衆衛生特性が低いのです。効果・安全性が高く、簡便であり、費用便益比、すなわち、むし歯を防ぐ効果に比較してそれにかかる経費ができるだけ低い方法が、公衆衛生特性の高い、より優れた方法であるということができるのです。
しかし、他の方法ができないときには、とくに3歳までの幼児や自己管理が困難な高齢者のむし歯対策にはこの方法しかありません。唯一のフッ化物の臨床的方法でもあり、定期的に歯科医院を訪ねて定期健診をかねて受診することは価値のある保健行動といえるでしょう。